ターミナルケア指導者が主導する多職種連携事例3選
ターミナルケア指導者が主導する多職種連携事例3選

以下では、先に示した3つの事例(在宅緩和ケアチーム、介護施設での看取り、地域包括ケアの多職種ネットワーク)を、それぞれ「現場状況の細密描写→どう解釈すべきか(理論的着眼点)→具体的働きかけ(段取り、台詞例、定型書類/会議アジェンダ)→TC指導者が果たすべき役割と評価指標→注意点(落とし穴)」という流れで詳述します。ここでいう「ターミナルケア指導者」は、終末期共創科学振興資格認定協議会・知識環境研究会が認定する「共創的ターミナルケア」ベースの指導者です。


事例①:在宅緩和ケアチームにおける連携調整(Eさん/末期がん、70歳、在宅)

1) 詳細状況(時系列・人物関係・臨床データ)

  • 患者:Eさん(男性、70歳)、進行性膵癌(転移あり)、主訴:強度の癌性疼痛、食欲低下、体重減少。日中は家族(妻)と在宅。認知機能は保たれているが疲労・倦怠感で会話短縮。
  • 関与者:主治医(病院の緩和ケア医)、訪問看護師2名(A、B)、薬剤師(C、在宅薬局)、介護職(D)、ケアマネジャー(E)、家族(妻・長女/同居)。
  • 発端:主治医が疼痛増悪のためオピオイド増量を提案。しかし訪問看護師Aは「増量でEさんの覚醒が下がり、家族との会話が失われるのでは」と懸念。看護師と医師の間で指示に時間差が生じ、夜間に投与ミスと判断混乱が起きかけた。家族は情報不足で不安。

2) どのように解釈すべきか(理論的着眼点)

  • 知識非対称と価値優先の差:医師は生物医学的な苦痛除去(症状マネジメント)を優先し、看護師は生活的・関係的価値(患者の会話、家族との時間)を重視。双方とも合理的だが「優先する価値」が異なる。
  • 暗黙知の存在:訪問看護師が観察する「表情の変化」「日常での機微」は書面化されていない暗黙知であり、これを形式知化することが連携の鍵となる(SECIのExternalization)。
  • エビデンスとコンテクストの衝突:臨床ガイドラインはオピオイド増量を支持する場合があるが、個別の生活目標との整合性が重要。

3) ターミナルケア指導者による具体的働きかけ

フェーズA:緊急の調整ミーティング(初回、60分)

  • 参加:主治医、訪問看護師A/B、薬剤師C、ケアマネE、家族代表(妻または長女)、TC指導者。
  • アジェンダ(TCが進行):
    1. 現状の短い事実確認(医師:臨床的見通し、薬剤情報) — 10分
    2. 家族の不安と希望の聴取(TCが入口を作る) — 10分
    3. 訪問看護師の観察共有(具体的エピソード)— 10分
    4. 薬剤師から投与選択肢の説明(メリット・デメリットを短く) — 10分
    5. 価値優先順位の確認(TCが「何を最優先にするか」を可視化) — 10分
    6. 合意・行動計画(誰が何をいつまでに行うか) — 10分
  • TC台詞例:
    • 「Eさんが『家族と話す時間』を何より大切にされていることが分かりました。医療の視点からできることと、生活の視点で守りたいこと、両方の線を引いて一緒に決めましょう。」
    • 「まずは24時間の小さな試験をしてみて、痛みは何点まで下がるか、会話時間はどう変化するかを測りましょう。評価後に再調整します。」

フェーズB:試験投与+モニタリング(48–72時間)

  • 介入:薬剤師と医師の合意で「段階的増量(例:現行用量の+25%→評価→+25%)」を提案。訪問看護師は日々の簡易評価(痛みNRS、会話可能時間、倦怠感)を記録し、薬剤師が副作用をチェック。
  • 記録様式(ワンページ):「疼痛+会話ログ」:日時/NRSスコア/会話時間(分)/眠気スコア/薬剤変更履歴/担当者コメント。

フェーズC:振り返り会議(評価後、30分)

  • 目的:試験投与の成果共有、今後の方針(持続的増量/現状維持/補完措置)決定。
  • TCの役割:データを読み解き、価値と臨床効果のトレードオフを可視化(グラフ化して示す)。

4) ターミナルケア指導者の果たすべき役割(要点)

  • 媒介者(translator):医学的情報を生活語に翻訳し、家族と看護師・医師の橋渡しを行う。
  • 調整者(coordinator):試験投与等の小さな実験を設計し、チームでPDCAを回す。
  • 知識化支援者:訪問看護師の暗黙的観察を簡易記録に落とし込み、共有する仕組みを導入。
  • 倫理的ガイド:患者の価値を尊重する意思決定プロセスを守る(説明責任の確保、文書化)。

5) 成果指標と評価(短期・中期)

  • 短期:疼痛スコアの低下、家族の不安度(簡易アンケート)の改善、会話時間の維持。
  • 中期:薬剤関連の入院回避、在宅での安定保持、チーム内の信頼度(職員アンケート)。

6) 注意点(落とし穴)

  • 「試験投与」の前に家族の承諾が不十分だと後に不信を生む。
  • データ収集が負担になると現場に定着しないため、簡潔さを優先すること。
  • 医療責任の所在(最終決定者)を明確にしておく。

事例②:介護施設での看取り支援と専門職間の葛藤(F町・特養、88歳女性)

1) 詳細状況(人物・文化・紛争の構図)

  • 入居者:Hさん、88歳、末期心不全。自力移動不可、穏やかな性格。入所3年目。
  • 関与者:施設長(管理職)、看護師2名(夜勤含む)、介護職員複数(夜勤メイン)、理学療法士非常勤、家族(長女・遠方に居住)、かかりつけ医。
  • 紛争:看護師は「施設での看取り」を支持(Hさんの居室で家族に囲まれて看取るのが望ましいと考える)が、介護職の一部は「点滴や酸素など医療対応が必要になれば施設で対応し切れない。緊急搬送の是非で職員間の恐れが強い」。家族は情報が分散しており「病院で最期を迎えさせたい」と考えている。

2) 解釈(着眼点)

  • 職能の境界問題:看護職は医療的ケアの継続を想定、介護職は突発的な臨床対応への心理的負担を懸念。これは「職能の責任範囲」と「心理的安全」の違いから来る。
  • 語りの欠如と文化的タブー:「死を開かずにおく」文化が職場にもあり、職員間で希望や不安を語る場が少ないため不協和音が大きくなる。
  • 家族の情報欠如:家族が遠方で頻繁に話し合えない状況は、家族の希望が単発的に変わる要因となる。

3) ターミナルケア指導者による詳細な介入

ステップ1:内部ワークショップ(2時間)

  • 目的:職員の感情を安全に表出させ、Hさんのケアの「意味」を共に探る。
  • 内容構成:
    1. オープニング(ターミナルケア指導者の役割説明、心理的安全の合意) — 10分
    2. ペアワーク:Hさんとの最も印象的なエピソードを共有(各人3分) — 30分
    3. グループ共有:出てきた語りを壁に貼り、「この人にとって大切なこと」を抽出 — 30分
    4. 介護職の懸念リスト作成(匿名可) — 20分
    5. 解決策ブレインストーミング(小グループ) — 20分
    6. まとめ(TCが行動計画を提示) — 10分
  • 期待効果:感情の可視化、職員間の共感形成、共通目標(例:「Hさんが居室で花を見て過ごす時間を守る」)の明確化。

ステップ2:家族含むカンファレンス(60分)

  • 参加:家族(リモート参加可)、施設長、看護師、介護リーダー、かかりつけ医(可能なら)、TC指導者。
  • アジェンダ:
    1. Hさんの最近の状態報告(看護師) — 10分
    2. 職員が感じていることの共有(TCが要約) — 10分
    3. 家族の希望確認(家族) — 10分
    4. 対応可能範囲と緊急時プロトコルの提示(施設長+医師) — 15分
    5. 合意事項の確認(署名)と次回見直し日設定 — 15分
  • TC台詞例:
    • 「皆さんの話をお聞きすると、Hさんにとって『居室で静かに花を眺める』という時間が重要だと職員も家族も感じているようです。では、どのような条件なら施設で安全にその希望をかなえられるか、一緒に整理しましょう。」

ステップ3:緊急時対応プロトコル(書面化)

  • 内容:緊急搬送基準、酸素・点滴の開始基準、臨時医師連絡フロー、家族への連絡手順、搬送回避のための代替策(訪問医の緊急対応、臨時看護体制)。
  • 実務:ターミナルケア指導者がテンプレートを作成し、職員研修で使用。

4) ターミナルケア指導者の役割(要点)

  • 心理的安全の創出者:職員が不安を語れる場を設けることで、現場の抵抗を緩和。
  • 価値共創の促進者:入居者の生活史(好み、日常の習慣)を軸にケア目標を作る。
  • 手続き整備者:緊急時プロトコルの導入による不安の低減。
  • ファミリー・システムの連携支援:遠隔の家族と情報を共有するチャネル設計(電話会議、録画メモ等)。

5) 成果指標・評価

  • 職員の離職率低下(長期)、緊急搬送の回数、家族満足度、看取りが施設で予定通り実施できたか(達成度)、職員の自己効力感アンケート。

6) 注意点

  • 家族の強い要望で病院搬送が続く場合、職員の意欲が削がれる可能性あり。合意形成は定期的に更新すること。
  • 法的責任や医療行為の限界を曖昧にしない。決定事項は書面で残すこと。

事例③:地域包括ケアにおける多職種ネットワーク形成(G市)

1) 詳細状況(構造的背景)

  • 地域:G市(人口約8万)。医療資源は地域中核病院、数軒のクリニック、訪問看護ステーション3、複数の介護事業所。住民は高齢化が進む。
  • 問題:救急搬送の増加、特に夜間に「意思不明」の高齢者が搬送され、病院で延命的処置が行われる事例が増加している。各事業所のACP記録は紙で分断され、共有されない。
  • 既存施策:市は「連携会議」を月1回開催するも、議論は断片的で実効がない。

2) 解釈(着眼点)

  • 制度的フラグメンテーション:データの非互換、業務時間外の連絡手段欠如、責任の分担が不明瞭。
  • 用語と価値の不一致:各職種が同じ言葉(「安楽」「尊厳」など)を使うが意味が違う。
  • コミュニティの信頼欠如:住民レベルで「自分事」としてACPを考える文化が希薄。

3) ターミナルケア指導者の体系的介入(段階的プロジェクト:6–12ヶ月)

フェーズ1:アセスメントと関係構築(1–2ヶ月)

  • 聞き取り:訪問医、看護、介護、消防、行政担当、地域代表を個別インタビュー。
  • 成果:ギャップマップ(誰が何を持っているか/困っているか)を作成。

フェーズ2:共通フレームとツール設計(1–2ヶ月)

  • 目的:多職種が共通理解で使える「地域ACPワンページ」フォーマットを開発。
  • フォーマット要素:本人の価値(3項目)、代理者連絡、緊急時の希望(搬送可否)、既往・常用薬、最終更新日、担当窓口。
  • 技術:紙+PDF+地域クラウド(アクセス権を限定)で共有。

フェーズ3:教育とシミュレーション(2ヶ月)

  • 実施:職種混合ワークショップ(半日×3回)でケースシミュレーション、ロールプレイ、EHR入力訓練を行う。TC指導者がファシリテート。
  • 目標:用語整合、判断基準の共通化、緊急時連絡の手順定着。

フェーズ4:パイロット実行と評価(2–3ヶ月)

  • 10〜20件の在宅高齢者を対象に運用。TCは初期カンファレンスに同席し、共有フローの追跡。
  • 指標:救急搬送件数の推移、ACPワンページ記入率、救急時にフォーマットが参照された割合、家族の満足度。

4) ターミナルケア指導者の役割(要点)

  • 制度翻訳者:行政的要件と現場運用をつなぐ。
  • プロトコルデザイナー:実務に即した緊急時プロトコルを策定。
  • 教育ファシリテーター:異職種ワークショップを設計・運営し、継続的学習を推進。
  • 評価担当:データ収集計画の設計、KPIの設定、改善サイクルの運用。

5) 成果指標(地域レベル)

  • 救急搬送率の低下(夜間搬送の減少)
  • ACPワンページ整備率(地域ターゲットの%)
  • 医療機関での不必要な延命処置の減少(ケースレビュー)
  • 住民のACP認知度調査による向上

6) リスクと対応

  • データプライバシー:共有クラウドのアクセス権・情報保護を行政と法務で整備する必要あり。
  • 継続性:ターミナルケア指導者の配置が一時的だと継続的改善に繋がらない。地域内で何名かの指導者養成(ティーチ・ザ・ティーチャー)を計画すること。

専門性間の架橋

  1. SECIモデルの応用:現場における暗黙知(訪問看護師の観察、介護職の身体的ケア感覚)を外化(E)し、チームで組み合わせ(C)、内面化(I)して新たな実践(S→E→C→I の循環)へとつなぐ仕組みをTC指導者が設計する。
  2. ナラティブとハビトゥス:職員の文化・行動様式(ハビトゥス)を変えるには、物語(ナラティブ)を用いた経験共有が有効。物語は規範を変え、長期的に実践を変容させる。
  3. 知識翻訳(Knowledge Translation):異なる専門言語を「共通価値語彙」に変換する作業は、単なる用語統一ではなく、実践の優先順位と倫理的基盤の合意形成を含む。
  4. 反省的実践(Reflective Practice):TC指導者はデブリーフィングを定常的に設け、チームが経験から学び続ける文化を醸成する責務がある。

(すぐ使える)実務ツール

  1. 価値ワンページ(テンプレ)
  • 氏名/生年月日/本人の大切なこと(箇条書き3)/緊急時の大まかな希望(搬送◯/×/条件)/代理決定者(氏名・連絡先)/最終更新日/TC指導者署名
  1. ミニ・エシカル・カンファレンスのテンプレ(30分版)
  • 臨床事実(医師2分)→本人の価値(TCが2分要約)→家族の主張(各2分)→選択肢提示(医師2分)→リスク/利益整理(薬剤師)→合意(書面化)
  1. 試験投与チェック表(48h)
  • 日付 時刻/NRS疼痛スコア/眠気(0–3)/会話時間(分)/副作用記録/担当者署名

最後に:ターミナルケア指導者の評価と持続可能性

  • 評価方法:定量(搬送数、記録率、満足度)+定性(ケースレビュー、職員の省察記録)を併用する。
  • 持続化の条件:①地域に最低1名のターミナルケア指導者(コア)が常駐、②行政の支援による時間確保、③データ共有のルール整備、④職員教育の継続。