1. ACPの時代と「共創」の視点
日本社会はかつてない速度で高齢化が進み、「多死社会」と呼ばれる段階に突入している。医療の発展により延命が可能となった一方で、人生の最終段階における医療・介護・家族支援の在り方が、社会的な課題として問われている。その中心に位置づけられるのがACP(アドバンス・ケア・プランニング)、すなわち「人生会議」とも呼ばれる取り組みである。
厚生労働省は2018年、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を改訂し、患者本人が望む生き方や治療方針を前もって話し合うACPの普及を推進した。
このガイドラインでは、①本人の意思決定の尊重、②多職種による支援、③意思決定のプロセスの可視化が基本原則として掲げられている。
しかし、ACPの実践は決して容易ではない。多くの現場では、「どう対話を始めるか」「家族間の意見の食い違い」「本人の意思をどのように表現し記録するか」といった課題が顕在化している。
この課題を橋渡しし、患者・家族・医療者・地域社会が共に考え、共に創るケアを実現する存在こそが、共創的ターミナルケアを基盤とする「ターミナルケア指導者」である。
2. ターミナルケア指導者資格の背景と理念
ターミナルケア指導者資格は、終末期共創科学振興資格認定協議会(CTCA)および一般社団法人知識環境研究会によって認定されている民間資格である。
この資格の理論的基盤となるのが、「共創的ターミナルケア(Co-Creative Terminal Care)」という概念だ。これは、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)と知識環境研究会の共同研究から生まれた「終末期共創科学(Terminal Co-creation Science)」を理論的根幹に置いている。
共創的ターミナルケアの中核理念は、「死を支えること=生を共に創ること」という発想である。
従来の終末期ケアは、患者の苦痛緩和や尊厳保持に焦点が置かれてきたが、共創的ターミナルケアは、医療者・介護職・家族・地域が「共に学び・共に考え・共に生きる」という関係性そのものを支援の対象とする。
ここにおいて、ターミナルケア指導者は単なる看取り支援の実務者ではなく、「関係のデザイナー」「知識の媒介者」「共創のファシリテーター」としての役割を担う。
ターミナルケア指導者については本サイトでも解説を加えています。
3. ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の基本構造と課題
ACPとは、「本人が将来の医療やケアについて、家族や医療者などと繰り返し話し合い、本人の価値観や希望に基づいた意思決定を行うプロセス」である。
厚労省による定義では、ACPは「単なる文書作成ではなく、対話を重ねながら本人の思いを共有するプロセス」であるとされている。
ACPの主なステップは次の通りである。
- 本人の価値観・希望の明確化(生き方・死に方の価値観)
- 代理意思決定者(家族等)の指定
- 医療者を交えた反復的な対話
- 記録化と共有(アドバンス・ディレクティブ:事前指示書)
- 意思の再評価と更新
ただし、現場においては「ACPの形骸化」が懸念されている。本人の意思を尊重しようとしても、医療的知識の不足、家族間の葛藤、文化的タブーが障害となることが多い。
このような現実的困難を解消するために、共創的ターミナルケアの枠組みを理解したターミナルケア指導者の介入が不可欠なのである。
4. 事例①:ACP導入初期段階における「対話の媒介者」としての役割
ある地域包括ケアセンターでは、80代の心不全患者A氏が在宅療養を希望していた。しかし家族は延命治療を望み、医師と家族の間で意見が対立していた。
このとき、ターミナルケア指導者が「ACP支援チーム」の一員として関与した。
彼はまず、患者本人の語りを重視したナラティブ・アプローチ(narrative approach)を用い、本人が「苦しくても家で家族と過ごしたい」という希望を明確に引き出した。
その上で、家族に対して「本人が望む生活の意味」を共有する時間を設け、医師を交えた話し合いを繰り返した。結果として、家族も「延命よりも本人の希望を尊重する」方向に意識が変化した。
このように、ターミナルケア指導者は単なる会議の司会ではなく、多職種・家族間の「翻訳者(translator)」として機能する。医学的言語・倫理的言語・生活言語を架橋する役割を担うことで、ACPの本質である「共に考えるプロセス」を実現するのである。
事例の詳細な解説についてはACPの3事例—ターミナルケア指導者が果たす役割という記事をご覧ください。
5. 事例②:看取り直前のフェーズにおける「倫理的判断支援」
別の事例では、末期がん患者B氏が入院中、急変し、人工呼吸器装着の是非を家族が迫られた。本人は数週間前に「無理な延命は望まない」と話していたが、文書化されていなかった。
ここでターミナルケア指導者は、医療チームと家族を交えたエシカル・カンファレンス(倫理カンファレンス)を主導した。
「本人の意志を推定する」「苦痛の緩和と尊厳の維持を優先する」というACPの基本原則をもとに、医療者と家族が共に判断するプロセスを支えた。
結果、家族は人工呼吸器の装着を行わない決断を下し、本人は穏やかに看取られた。
ここで用いられた理論的枠組みは、エシカル・コンセンサス・モデル(ethical consensus model)である。
これは、異なる立場の人々が合意形成に至るまでの「熟議(deliberation)」を支援する手法であり、ターミナルケア指導者はこの熟議を促す専門的スキルを持つ。
事例の詳細な解説についてはACPの3事例—ターミナルケア指導者が果たす役割という記事をご覧ください。
6. 事例③:地域包括ケアにおける「共創的連携コーディネーション」
ACPの推進は、医療機関内だけでなく、地域包括ケアシステム全体に関わる課題でもある。
特に在宅療養や施設看取りが増加するなかで、地域の医師、訪問看護師、ケアマネジャー、介護施設職員などが連携しなければならない。
ある地方自治体では、ターミナルケア指導者が中心となって、地域の多職種連携会議を定期的に開催した。
ここでは、「本人の価値観を中心にした情報共有フォーマット」を作成し、医療・介護・福祉の各職種が同じ視点でACPを進められるようにした。
この活動により、地域の在宅看取り率が向上し、家族満足度も高まった。
このように、ターミナルケア指導者は「システムの間に立つ存在(interstitial professional)」として、現場の分断をつなぐ新しい専門職として機能している。
事例の詳細な解説についてはACPの3事例—ターミナルケア指導者が果たす役割という記事をご覧ください。
7. 厚生労働省のACP政策と今後の展開
厚労省は「人生会議」というキャッチコピーでACPを全国に広めているが、現実には「形式化」「医療者中心化」という課題が指摘されている。
そのため近年では、「地域包括ケアシステム推進指針」や「在宅医療・介護連携推進事業」の中で、「市民主体型ACP」「地域共創型ACP」などの新しい方向性が模索されている。
ターミナルケア指導者は、この政策変化の中で「行政施策と現場実践を橋渡しする専門人材」として期待されている。
つまり、国家政策が求める「多職種協働」「住民参加」「意思決定支援」という理念を、現場レベルで実現する知識科学的・倫理実践的専門職としての立場を確立しつつあるのだ。
8. 理論的基盤:知識科学と共創科学
共創的ターミナルケアの学理的背景には、知識科学(Knowledge Science)と共創科学(Co-creation Science)がある。
知識科学とは、個人や組織の「暗黙知」を「形式知」として共有・創造していくプロセスを研究する学問領域で、野中郁次郎のSECIモデル(Socialization, Externalization, Combination, Internalization)などがその理論的支柱である。
ターミナルケア指導者は、ケア現場で生まれる「暗黙知的な気づき」――患者の表情、家族の沈黙、チームの雰囲気など――を共有化し、ケアの質向上に活かす役割を担う。
共創科学は、異なる価値観を持つ人々が共に価値を創り出すプロセスを分析・設計する科学であり、デザイン思考(design thinking)やシステム思考(systems thinking)の理論とも接続している。
ターミナルケア指導者は、これらの知的枠組みを活かして、ACPという複雑な意思決定プロセスを社会的にデザインしているのである。
9. 結論:共創的ターミナルケア指導者が拓く新しい終末期支援の未来
共創的ターミナルケアを基盤とするターミナルケア指導者は、ACPの実践において対話の構築者であり、倫理の実践者であり、知識の媒介者である。
彼らは、患者と家族、医療者、地域社会がそれぞれの立場を越えて「共に最期を生きる」関係性を支える専門職であり、ACPの理念を実質的に支える存在として不可欠である。
これからの日本社会では、単なる「延命か否か」という二項対立ではなく、「どのように生き、どのように死を迎えるか」という人生デザインが求められている。
その実現に向けて、ターミナルケア指導者は、共創の知を用いて、多職種・地域・文化を超えた“対話の社会基盤”を築いていくだろう。
まさに彼らこそが、これからの日本のACPを「制度」から「文化」へと深化させる推進者なのである。
