Ⅰ 共創的ターミナルケアと多職種連携の課題
日本社会は「多死時代」を迎え、病院死から在宅死への移行、医療・介護・福祉の連携が喫緊の課題となっている。終末期医療を支えるのは、医師・看護師・介護職・ソーシャルワーカー・宗教者・行政職・地域住民など、異なる専門性をもつ多様な主体である。しかし現場では、「専門性の壁」や「情報の断絶」、「ケアの目的の不一致」によって、真に患者中心のケアが実現しにくい構造的問題がある。
こうした課題を乗り越えるために登場したのが、終末期共創科学振興資格認定協議会・知識環境研究会が認定する「ターミナルケア指導者」である。
この資格は、単なる医療的スキルやケア技法を修得するものではなく、終末期を「共創のプロセス」として捉え、知識・価値・関係の架橋を行う専門的ファシリテーターとしての能力を育成するものである。
「共創的ターミナルケア(Collaborative Terminal Care)」とは、死を「個人の終わり」ではなく、「社会的・文化的な関係性の再構築」としてとらえ、患者・家族・専門職・地域社会が共に学び、共に支える過程を重視する実践である。したがって、ターミナルケア指導者の中心的な使命は、多職種の知識と価値を架橋し、対話を通じて共通の目標を創り出すことにある。
Ⅱ 多職種連携の理論的背景:専門性と知識の断絶
多職種連携(interprofessional collaboration)は、医療社会学や組織論、教育学などさまざまな分野で研究されてきた。たとえば、カール・ウェイク(Karl Weick)の「組織的意味構成理論(Sensemaking)」によれば、異なる職種はそれぞれ固有の意味体系(frame)を持ち、同じ事象を異なる文脈で解釈する。この「意味の断絶」が、ケア現場での誤解や不信を生む原因となる。
また、社会学者ピエール・ブルデューの「ハビトゥス(habitus)」の概念を借りれば、専門職ごとの行動様式や価値判断は社会的に形成されたものであり、職種間の文化的差異を理解しなければ真の協働は成立しないことが分かる。
さらに知識論的観点からは、マイケル・ポランニーの「暗黙知(tacit knowledge)」、ドナルド・ショーンの「省察的実践(reflective practice)」が重要である。ケアの多くは、形式知(文書・手順)ではなく、経験的で関係的な暗黙知に基づいて行われる。職種間の連携を促進するには、こうした暗黙知を言語化・共有する「メタ的対話」が不可欠である。
ターミナルケア指導者は、まさにこの「知識間の橋渡し(knowledge bridging)」を担う存在であり、異なる専門知の対話を促す「知識の媒介者(knowledge mediator)」として機能する。
Ⅲ 専門性間の架橋としての知識論:知識共創(Knowledge Co-creation)
共創的ターミナルケアの根底にあるのは、「知識共創(knowledge co-creation)」という理念である。これは、知識を固定的な専門知としてではなく、相互作用の中で新たに生成される動的プロセスとしてとらえる考え方である。
知識環境研究会では、この理念をもとに「知識環境モデル」を提示している。このモデルでは、医療者・介護職・地域住民がそれぞれ異なる知識を持ちながらも、共通の価値や目標を創出する「共創の場(Ba)」を形成することが重視される。この理論は、野中郁次郎の「SECIモデル」(Socialization, Externalization, Combination, Internalization)と親和性が高い。すなわち、体験を共有し(S)、言葉にし(E)、体系化し(C)、実践として定着させる(I)という循環を地域単位で促進する。
ターミナルケア指導者は、この「共創の場」を設計し、関係者が学び合うプロセスをマネジメントする。彼らの専門性は、知識そのものを媒介・翻訳し、意味づけを再構築する能力にある。
Ⅳ 事例①:在宅緩和ケアチームにおける連携調整
1. 事例の概要
D市の在宅医療支援センターでは、末期がん患者Eさん(70歳・男性)の在宅緩和ケアが始まった。主治医、訪問看護師、薬剤師、介護職、ケアマネジャーが関与していたが、それぞれの役割が重複し、情報共有も不十分だった。特に「鎮痛薬の量を増やすかどうか」をめぐって医師と看護師の間に意見の相違があり、チーム内で緊張が高まっていた。
2. ターミナルケア指導者の介入
ターミナルケア指導者は、まずチーム会議を「立場の表明」から「意味の共有」へと転換した。各職種が「なぜその判断をするのか」を語るプロセスを設け、価値や根拠を明確化させた。医師は「症状管理を最優先したい」と述べ、看護師は「本人の意識を保ちたい」という思いを語った。
この対話を通じて、患者の希望を再確認するプロセスが生まれ、Eさんが「痛みを和らげてほしいが、家族と会話できる時間も大切にしたい」と語った。その結果、薬剤師を交えて調整し、少量投与と補完的な心理的支援を併用するケア方針が合意された。
3. 理論的考察
この事例は、専門職間の「知識の非対称性」を対話によって克服した典型である。ターミナルケア指導者は、ルーマンの社会システム理論で言う「相互参照の媒介構造」として機能しており、異なるサブシステム(医療・看護・介護)間のコミュニケーションを調整した。
さらに、「省察的実践(reflective practice)」をチーム内に導入することで、関係性そのものが学習の場へと変容した。
Ⅴ 事例②:介護施設での看取り支援と専門職間の葛藤
1. 事例の概要
F町の特別養護老人ホームでは、末期心不全の高齢女性(88歳)が入居していた。看護職は「施設での看取り」を希望していたが、介護職の一部は「医療的対応が不十分になるのでは」と不安を抱いていた。また、家族は「病院での最期」を希望していた。現場では混乱が生じ、ケア方針が定まらなかった。
2. ターミナルケア指導者の関与
指導者は、まず「死を語ることへの恐れ」が職員間にあると捉え、ナラティブ・アプローチ(物語的実践)を用いて、ケア職員に入居者との思い出を語ってもらうワークショップを実施した。すると、「あの方は自分の部屋で花を見ながら過ごすのが好きだった」という語りが共有され、職員の間に「この場所で看取る意味」が明確になった。
その後、医師・家族を交えたカンファレンスが開かれ、在宅医療チームと連携して施設での看取りが実現した。
3. 理論的考察
このケースでは、職種間の対立を「価値観の衝突」ではなく「意味の非共有」として捉え直す視点が有効だった。ターミナルケア指導者は、対話を通して共通の物語を再構築することで、専門職間の協働を促進した。
社会構成主義の観点からいえば、現実は言語的相互作用によって構築される。ターミナルケア指導者は「意味生成の場」を形成し、職員が自らの実践を再定義するプロセスを支援したといえる。
Ⅵ 事例③:地域包括ケアにおける多職種ネットワーク形成
1. 事例の概要
G市では、病院・介護施設・訪問看護・地域包括支援センターの間で終末期患者の情報共有が滞り、救急搬送の増加が問題となっていた。行政は「連携会議」を設置したが、職種間の利害や用語の違いにより議論が空回りしていた。
2. ターミナルケア指導者の実践
ターミナルケア指導者は、「用語共有と理念共有のギャップ」に着目し、まず各職種の「ケアの定義」を可視化するワークを行った。医師は「治療を通じて苦痛を減らすこと」、介護職は「日常を支えること」、行政職は「制度としての安全保障」と述べた。
これらを比較し、共通の中核概念として「生活の尊厳(dignity of life)」を抽出した。以後、連携会議は「誰の尊厳を、どのように支えるか」を軸に議論を再構築。結果、情報共有の仕組みと、緊急時対応プロトコルが整備され、救急搬送件数が減少した。
3. 理論的考察
この事例は、「知識の翻訳(knowledge translation)」の成功例である。指導者は、異なる専門言語を「共通価値言語」へと変換し、制度的・文化的差異を超えた協働を実現した。
知識社会学的に見れば、これは「知識の中間領域(intermediate knowledge space)」の形成であり、ターミナルケア指導者がその媒介者として機能したことを示している。
Ⅶ 理論的統合:知識論的多職種連携モデル
上記の事例群を整理すると、ターミナルケア指導者の多職種連携支援は以下の3層で構造化できる。
| 層 | 内容 | 対応する理論 |
|---|---|---|
| 意味の共有層 | 価値・目的の一致を促す(倫理的対話) | コミュニケーション的行為理論(ハーバーマス) |
| 知識の翻訳層 | 専門用語・知識体系の相互理解 | 知識社会学・知識翻訳論 |
| 実践の統合層 | チームでの省察・実践変革 | 省察的実践論(ショーン)、学習組織論(センゲ) |
このモデルにおいて、ターミナルケア指導者は単なる調整者ではなく、「知識の関係性をデザインする存在」として機能する。つまり、専門職同士が自らの知識を相対化し、新たな共同知(collective intelligence)を創発する環境を整える。
Ⅷ 今後の展望:共創的専門職連携への道
終末期ケアにおける多職種連携は、単なる組織的連携ではなく、「知識と価値の共創」による文化的変革である。今後の課題としては、以下の3点が挙げられる。
- 教育体系の確立:ターミナルケア指導者養成課程において、知識論・倫理学・組織行動学を統合したカリキュラムの設計。
- 地域共創プラットフォームの形成:行政・医療機関・住民が共に学ぶ「共創フォーラム」の継続的運営。
- 評価指標の開発:ACPやケアの質を「合意形成度」「対話プロセス」「関係性の持続性」など非量的指標で測定する枠組み。
Ⅸ 結論:共創的知識社会への橋渡しとしてのターミナルケア指導者
ターミナルケア指導者は、終末期ケアの現場で、異なる専門性・価値観・文化を結びつける「共創の知識実践者」である。彼らの使命は、医療や介護の専門知を統合することではなく、それぞれの知を「共に考え、共に生成するプロセス」へと導くことである。
多職種連携の本質は、制度的協働ではなく「知の共感(epistemic empathy)」の構築にある。共創的ターミナルケアの実践を通じて、ターミナルケア指導者は、終末期を「孤立ではなく共創の時間」として再定義する社会的変革の担い手となるであろう。
